「平和の王」
1998年4月5日 主日礼拝
日本キリスト教団 大阪のぞみ教会牧師 清弘剛生
聖書 ルカ19・28‐44
今日から受難週に入ります。その第一日目は「棕櫚の聖日(パーム・サンデ ー)」と呼ばれます。ヨハネによる福音書によりますと、エルサレムに向かっ たイエス様を大勢の群衆が「なつめやし(棕櫚)の枝を持って迎えに出た(ヨ ハネ12・13)」と記されています。今日はその日、すなわち主の「エルサ レム入城」の日に当たります。その日の事は四つの福音書に書かれております。 どうぞ読み比べてみてください。今年は、ルカによる福音書からお読みいたし ました。この福音書にしか記されていないことがあります。それは主がエルサ レムを見て涙を流されたということであります。歓喜する群衆と主イエスの涙。 そのコントラストが読む者の心に迫ります。私たちは、その主の涙の意味を考 えながら、この箇所をお読みしたいと思うのであります。
ろばに乗った王
はじめに28節から34節までをご覧ください。「イエスはこのように話し てから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。そして、『オリーブ 畑』と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人 の弟子を使いに出そうとして、言われた。『向こうの村へ行きなさい。そこに 入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。そ れをほどいて、引いて来なさい。もし、だれかが、「なぜほどくのか」と尋ね たら、「主がお入り用なのです」と言いなさい。』使いに出された者たちが出 かけて行くと、言われたとおりであった。ろばの子をほどいていると、その持 ち主たちが、『なぜ、子ろばをほどくのか』と言った。二人は、『主がお入り 用なのです』と言った。(28‐34節)」
まずここで二つ奇妙なことが目につきます。第一は、主の無茶な言いつけで す。「主がお入り用なのです」と言えば事は済む、というのは随分非常識な話 です。このことについては様々な説明がなされてきました。例えば、その持ち 主はイエスの弟子であり、既に打ち合わせがなされていた、など。確かにあり 得ることです。しかし、ルカは何の説明もしていません。むしろ「使いに出さ れた者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった」と、その出来事の不 思議さを前面に描きます。つまり、ここで強調されているのは、イエスの主権 なのです。あたかも国王か何かであるかのような振る舞いとして描かれている のです。
そして第二は、「子ろばを引いてきなさい」という命令そのものです。これ もまた奇妙です。なぜ「子ろば」なのでしょう。ベタニアからエルサレムまで は決して歩けない距離ではありません。しかも、もし乗るのでしたら、だれも 乗ったことのない子ろばをわざわざ選ぶ必要がどこにあるのでしょう。一方に おいて王者のように振る舞い、しかしもう一方において子ろばを求めるという 奇妙な行動はいかに理解したらよいのでしょうか。
そこで私たちはやはり、これらの行為の背景を旧約聖書に求めなくてはなら ないでしょう。そして、事実、マタイによる福音書はそうしているのです。マ タイはゼカリヤ9章9節を引用いたします。その箇所において、これら一見結 びつかないような奇妙な二つの行動が一つに結び合わされているのです。そこ にはこう書かれています。
「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あ なたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろば に乗って来る、雌ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車 を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げら れる。彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。(ゼカリヤ9・ 9‐10)」
王が来る。平和の王が来る。しかも、雌ろばの子に乗って。それがここに預 言されていることです。主イエスの行動は、明らかにこの預言を意識したもの と考えられます。そして、弟子たちもまた、そう理解していたことは明らかで す。なぜなら、弟子たちが子ろばをイエスのもとに引いて来ると他の人々は次 のような行動に出ているからです。
「そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、 イエスをお乗せした。イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷い た。イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞっ て、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。 『主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。天には平和、いと高 きところには栄光。』(35‐38節)」
弟子たちがしているのは王の即位宣言です。かつてイスラエルにおいてイエ フという者がクーデターを起こした時、人々は上着を脱ぎ、彼の足もとに敷き、 角笛を吹いて「イエフが王になった」と宣言したことが旧約聖書に記されてお ります。(列王下9・13)ここで彼らがしているのも同じ行為です。また、 人々の意識は、神を賛美しはじめたその歌声によっても分かります。「主の名 によって来られる方、王に、祝福があるように。」彼らはまことの王の到来に 歓喜して、こう歌っているのであります。
なぜこのようなことが起こったのでしょうか。この場面を見る限り、かなり の数の追従者たち(弟子たち)が共にエルサレムに上って行ったことが分かり ます。その彼らが一斉に主イエスの即位を祝い始め、神を賛美し始めたという ことは、既にここに至るまでにかなりの期待が高まっていたことを意味します。 その期待は19章11節に次のように書かれております。「エルサレムに近づ いておられ、それに、人々が神の国はすぐにも現れるものと思っていたからで ある。」そうです、彼らは神の国の到来を期待していたのです。その期待を高 めたのは、主イエスの行った数々の奇跡であることは疑うべくもありません。 (この力ある方こそ来るべき王に違いない。ゼカリヤ書に記されている王に違 いない。そして、この方こそまことの王としてローマの支配を打ち倒し、神の 支配を打ち立ててくださるに違いない。そして、平和が告げ知らされるのだ。) そう思って人々はエルサレムに向かうイエス様に付いてきたのです。ですから、 ここで起こったことは、まさに起こるべくして起こった出来事だと言えるでし ょう。
一方、このことを喜ばない人々もおりました。ファリサイ派の人々です。3 9節以下をご覧ください。
「すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、 『先生、お弟子たちを叱ってください』と言った。イエスはお答えになった。 『言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。』(39‐40節)」
なぜ「お弟子たちを叱ってください」という言葉が出てきたのでしょう。そ れは、この「王の即位」に関する騒ぎがローマ人たちを刺激すれば、武力によ る介入が起こる可能性があるからです。ですから、彼らの言葉は、表面的には、 「ローマ人たちによる介入があれば、あなたも危険に晒されることになるし、 エルサレムに不幸をもたらすことになる。だから止めさせなさい」という忠告 であります。しかし、彼らの本当の関心事は、自らの宗教的権威を守ることで ありました。彼らこそ、ローマの政治的介入を最も恐れていた人々なのです。 彼らの権威は今の体制が続いているかぎり守られます。ユダヤ教はローマの公 認宗教だからです。もし騒ぎが起こってローマが政治的に介入することになれ ば、彼らの特権も失われることになるでしょう。そのことをどれだけ恐れてい たかは、この直前にユダヤの議会が召集されていることからも分かります。ヨ ハネによる福音書は次のように記しております。「そこで、祭司長たちとファ リサイ派の人々は最高法院を召集して言った。『この男は多くのしるしを行っ ているが、どうすればよいか。このままにしておけば、皆が彼を信じるように なる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。 』(ヨハネ11・47‐48)」これが彼らの本心なのです。
しかし、「お弟子たちを叱ってください」という言葉に対して、主はこう言 われたのです。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」 イエスがまことの王であるという宣言は、いかなる力によっても封じることは できないということでしょう。主イエスはあくまでも「主の名によって来られ る方、王」であることを主張されるのであります。
平和への道をわきまえていたなら
さて、その「王」なる方が涙を流されたというのがその次の場面なのです。 41節以下をご覧ください。
「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、 言われた。『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。し かし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、 お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたた きつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくだ さる時をわきまえなかったからである。』(41‐44節)」
主イエスが涙を流されたのは、エルサレムの滅亡が見えていたからです。そ して、紀元70年、すなわちこれから約40年後に、主イエスの語られたこと は現実となりました。エルサレムが廃墟となってしまったのです。その廃墟は 何によってもたらされたのでしょう。直接的にはローマの軍隊によって、とい うことになるでしょう。しかし、主はそう言われません。「もしこの日に、お 前も平和への道をわきまえていたなら…」と言われるのです。やがて時が来て エルサレムは崩壊することになる。「それは、神の訪れてくださる時をわきま えなかったからである」と主は言われるのです。
「平和」それは誰もが望んでいたことであったはずです。ゼカリヤの預言を 胸に、主イエスの即位を宣言し、大いに喜び祝ったあの弟子たちもまた、神の 国の実現と真の平和の樹立を望んでいたに違いありません。だからこそ、神に 逆らう勢力が神の力によって打ち倒されることを望んだのであります。直接主 についてきた人々だけでなく、エルサレムにいた他の多くの人も、同じ思いで 主イエスを迎えたであろうと思います。ヨハネによる福音書は、祭りに来てい た大勢の群衆が主イエスを迎えて喜んだ様子を記しています。皆、解放と真の 平和を待ち望んでいたのです。一方、ファリサイ派の人たちもまた平和を願っ ていた人々であるには違いありません。彼らは反ローマという立場にはありま したが、武力の行使を否定していました。その点で、熱心党などとは異なりま す。彼らが主イエスの抹殺を謀ったのも、一面においては「平和を望む行為」 と言えるだろうと思うのです。そのような思いを抱いていた人々も少なくはな かったことでしょう。
そうです。皆がどのような形であれ、最終的には平和を望んでいたのです。 「シオンから主があなたを祝福してくださるように。命のある限りエルサレム の繁栄を見、多くの子や孫を見るように。イスラエルに平和(があるように)。 (詩編128・5‐6)」このように歌う詩編は、皆の祈りであったに違いあ りません。しかし、現実には、エルサレムに廃墟をもたらしてしまった。なぜ なのでしょう。平和を望みながら廃墟をもたらしてしまう。なぜなのでしょう か。主は泣いて言われるのです。「もしこの日に、お前も平和への道をわきま えていたなら…。」そうです、彼らはわきまえていなかったのでした。
彼らは少なくとも、ろばに乗った王を語る預言書がいかなる言葉から始まっ ているかを知るべきでありました。ゼカリヤ書は次のような言葉をもって始ま るのです。
「ダレイオスの第二年八月に、イドの孫でベレクヤの子である預言者ゼカリ ヤに主の言葉が臨んだ。『主はあなたたちの先祖に向かって激しく怒られた。 あなたは彼らに言いなさい。万軍の主はこう言われる。わたしに立ち帰れ、と 万軍の主は言われる。そうすれば、わたしもあなたたちのもとに立ち帰る、と 万軍の主は言われる。あなたたちは先祖のようであってはならない。先の預言 者たちは彼らに、「万軍の主はこう言われる。悪の道と悪い行いを離れて、立 ち帰れ」と呼びかけた。しかし、彼らはわたしに聞き従わず、耳を傾けなかっ た、と主は言われる。』(ゼカリヤ1・1‐4)」
かつてもエルサレムが廃墟となった時があったのです。それは「わたしに立 ち返れ」という呼びかけに耳を傾けなかった先祖たちの時代でありました。彼 らに再び呼びかけられております。「わたしに立ち返れ」。そのように悔い改 めを経てこそ、平和の王を王として真にお迎えすることができるのです。しか し、彼らは主の名によって来られたまことの王なる方を目の前にしながら、か つての先祖たちと同じ道を行こうとしていたのでした。エルサレムに、今また 同じことが起ころうとしていたのです。それは彼らが神の呼びかけに耳を傾け ず、立ち帰ろうとしないことによってでした。主の涙はその現実に対して流さ れたのです。
多くの人は、敵が滅ぼされ、体制が変えられることによって、平和がもたら されると考えます。平和はそのような力を持つ者によってもたらされると考え るのです。あるいは他の人は、今の状態を守ることによって、与えられている ものを守ることによって、そして自らを守ることによって、平和がもたらされ ると考えます。しかし、平和を願いつつ、私たちの目にするのは、いつでも廃 墟に等しいような現実ではないでしょうか。私たちは主イエスの涙を忘れては なりません。真の平和への道は悔い改めです。神に立ち帰ることです。悔い改 めを欠いたいかなる試みや企ても、真の平和をもたらすことはありません。む しろ、廃墟しかもたらさないのです。主はまず神との平和をもたらすために来 られました。私たちは平和の王を迎えるために、まず自ら悔い改め、神に立ち 帰らなくてはなりません。福音が語られている時こそ、神の訪れの時です。私 たちは、今がいかなる時かをわきまえ、神に立ち帰り、主を平和の王としてお 迎えしたいと思うのであります。