２００２年３月３１日　主日礼拝
日本キリスト教団 大阪のぞみ教会牧師　清弘剛生
聖書　マタイ２８・１‐１０

　キリストが十字架にかけられた日から数えて三日目、週の初めの日の朝、 復活したキリストは二人の婦人たちに現れて言われました。「恐れることは ない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこ でわたしに会うことになる」。これが今年の復活祭礼拝において、私たちに 与えられている御言葉です。私たちはここに語られている三つのことに心を 留めたいと思います。

●恐れることはない

　その第一は、主の「恐れることはない」という言葉です。実は、この言葉 を聞くのはこの婦人たちにとって初めてのことではありません。空になった 墓にいた天使の第一声もまた「恐れることはない」でありました。実際、天 使のそばには、「恐ろしさのあまり震え上がり」気を失ってしまった番兵た ちが倒れておりました。婦人たちは「恐れながらも大いに喜び、急いで墓を 立ち去り…」（８節）と書かれております。こうして見ますと、この場面に は「恐れ」という言葉が繰り返されていることが分かります。

　毎年イースターが祝われるのは春です。寒い冬を越し、暖かな日差しのも とに新しい命が一斉に芽生えるこの季節には、私たちの心も自然と軽やかに なり、喜びが満ちてまいります。まことに、この春を迎える喜びは、イース ターの祝いに相応しいと言えるでしょう。

　しかし、私たちがイースターの喜びの中にありましても、見落としてはな らない大切なことがあります。それは、あの最初のイースターの朝、その場 を支配していたのは喜びではなく、むしろ「恐ろしさ」だったということで す。マルコによる福音書は事態をより率直に表現しています。その福音書に おける本来の部分を、マルコは単純にこう締めくくっているのです。「婦人 たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれ にも何も言わなかった。恐ろしかったからである」（マルコ１６・８）。キ リストの復活は、本来、ウキウキするような喜ばしい出来事ではなくて、そ こにいた人々にとってはまことに恐ろしい出来事だったのです。福音書はそ のことを正直に伝えているのです。

　なぜ恐ろしかったのでしょう。それは誰も予期していなかったことが起こ ったからです。主イエスは、生前少なくとも三度以上、御自分の死と復活に ついて語っておられます。しかし、弟子たちや婦人たちの中に誰一人として、 そんなことを真面目に期待する者などいなかったのです。そもそも人が予期 することができるのは、自分の経験のうちにあることか、経験から推測でき ることまでです。キリストの復活は、明らかに人間の経験の領域にはありま せん。それは、各福音書の報告を読めば分かります。先入観なしで読む人は、 誰でもその報告が支離滅裂であることに気付きます。人が予期することので きない、人間の経験の領域にない恐ろしいことを、人間の言葉で表現して伝 えようとするならば、どうしてもそうならざるを得ないでしょう。聖書はそ の点においても正直です。

　誰も予期していなかったキリストの復活、それは純粋に神のみによる出来 事でありました。恐ろしかったのは、単に墓の石が動いたからではありませ ん。墓が空になっているのを見たことでもありません。天使を見たことです らありません。その恐ろしさとは、究極的には、神の力が働いたことに対す る恐ろしさであります。人が自分の頭で思い描いているだけの神ならば恐ろ しくもなんともないのです。しかし、真の神の力、この世界と私たちの運命 を握っておられる神の力が、現に働いていることを知ることは、まことに恐 ろしいことなのです。

　聖書が語るイースターのメッセージは、単なる安っぽい喜びの提供ではあ りません。むしろ、第一には、この恐ろしさを伝えるものなのです。人間が 侮ろうが、無視しようが、力尽くで封じ込めようと試みようが、神は力強く 働き給う御方なのです。罪と死の支配を覆すほどに、現実に力強く働き給う 御方なのです。これがキリスト復活の使信です。

　では、この恐ろしさが、どうして喜びとなり希望となるのでしょうか。そ れは神の側から「恐れることはない」と言ってくださることによってであり ます。婦人たちは、その言葉を聞いたのです。その言葉を聞くことがなけれ ば、あの兵士たちのように「死人のように」なるしかないのです。罪ある人 間にとって、神の存在と力は単純に喜びや希望にはなりません。人間の作っ た偶像ではなく、まことの生ける神であるならば、神が力強く働かれること は恐ろしいことでしかないのです。その神が「恐れることはない」と言って くださるとするならば、それは神の赦しと憐れみ以外のなにものでもありま せん。

●わたしの兄弟たちに告げよ

　そして、事実、神はキリストを通してその赦しと憐れみを示してくださっ たのです。キリストはさらにこう言われました。「行って、わたしの兄弟た ちに…言いなさい」。私たちはここで驚くべき言葉に出会います。「わたし の兄弟たちに」――主は御自分の肉親を考えているわけではありません。明 らかに弟子たち、主を見捨てて逃げてしまった弟子たちのことです。彼らを 主は「わたしの兄弟たち」と呼んでおられるのです。これが私たちの注目す べき第二の言葉です。

　かつて一度、「わたしの兄弟（たち）」という言葉が主イエスの口に上る のを弟子たちが耳にしたことがありました。それはイエスの母マリア、そし て実の兄弟たちが、イエスと話をしたいと言って訪ねてきた時のことです。 （他の福音書を読みますと、どうも主イエスの活動を好ましく思わなかった 身内の人たちが取り押さえにきたようです。マルコ３・２１参照）。主はそ の時、こう言われたのでした。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とは だれか。」そして、弟子たちの方を指して、こう続けられたのです。「見な さい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父 の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」（１２・４８‐５ ０）。

　その時、弟子たちは確かに、自分たちこそ天の父の御心を行う者であり、 主イエスの兄弟なのだ、と自負したに違いありません。であるからこそ、主 の身に危険が迫りつつあった時にも、弟子たちは命をかけて従い通すつもり でいたのです。そうです、少なくとも、そのつもりでいたのです。弟子たち は皆、主が捕らえられる数時間前に、こう宣言していたのです。「たとえ、 御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決し て申しません」（２６・３５）。

　しかし、主イエスが捕らえられた時、弟子たちは皆、逃げ去ってしまいま した。ペトロは、主が予告したとおり、鶏が鳴く前に、三度主イエスを否ん でしまいました。やがて、主は十字架にかけられ殺されてしまいました。そ の重い事実を前にして、自分が主の兄弟であったと語り得る者は誰一人とし ていなかったに違いありません。彼らがイエスの兄弟ではあり得ないことを、 彼ら自身の行為が証明してしまったのです。

　しかし、そのような彼らに復活したキリストの心は向けられていたのです。 「わたしの兄弟たちに…言いなさい」と言って、主は彼らに使いを遣わされ ました。主はまだ彼らを兄弟として見てくださっていたのです。カルヴァン は言いました。「しかし、主によって《兄弟たち》と見なされているのは使 徒たちだけではありません。このメッセージは、後に私たちも耳にするよう にと、キリストの命令によって伝えられたのです。」

　今日の教会において、私たちがキリストの兄弟であるとするならば、キリ ストの父なる神を私たちの父と呼んで生きる者であるとするならば、それは 私たちが自分自身をそのような者と見なし得るからではありません。主が私 たちをそう見なし、その言葉を私たちにも伝えてくださったことによるので す。私たちの内になんらの根拠もありません。それはただキリストの内に現 された、神の赦しと憐れみによるのです。

●ガリラヤへ行け、そこでわたしに会える

　そして、第三に、主は弟子たちに「ガリラヤへ行くように」と告げられ、 そこで主に会えると約束されました。実は、この言葉も、弟子たちにとって は初めて耳にする言葉ではありませんでした。あの最後の晩餐の席でこう言 われたのです。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。…しかし、わた しは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」（２６・３１‐３２）。

主は弟子たちが皆、主を見捨てて逃げていくことをご存じでした。弟子たち が自分自身の弱さと罪深さに打ちのめされ、キリストの弟子としての誇りも、 神の国の希望もずたずたに引き裂かれ、文字通りボロボロになってガリラヤ へと帰っていくであろうことを知っておられたのです。しかし、そのような 彼らを、復活のキリストは先回りして待っておられると言われたのです。 「ガリラヤへ行け。そこでわたしに会える」と。

　ガリラヤ――それは弟子たちが主イエスに出会った場所です。あの日、こ の不思議な魅力に溢れた御方が突然現れ、「わたしについて来なさい。人間 をとる漁師にしよう」と言われたのです。そうです、すべてはそこから始ま ったのです。「ガリラヤへ行け。そこでわたしに会える」。主イエスは彼ら を振り出しに戻されます。それは、いわば「もう一度やろう」という呼びか けであるとも言えるでしょう。大きな挫折、大きな悲しみを経て、自分自身 の内になんの拠り所も持たなくなった者たちが、「もう一度やろう。私につ いて来なさい」という招きを聞いたのです。

　彼らは再び主に従い始めました。そして、彼らは神の赦しと憐れみのもと にあって、キリストの復活の証人となりました。弱さの極みにあった彼らこ そ、神の現臨と力とを知り、証しする者となったのです。これが最初の使徒 たちです。あの「ガリラヤへ行け」がなければ、後の使徒たちはいないでし ょうし、教会も誕生しておりません。教会はいわば主の「もう一度やろう」 によって誕生し、今日に至るまで支えられているのです。

　私たちはそのような教会に連なる者として、今年もイースターを祝います。 そして、神の赦しと憐れみの内にあることを感謝しつつ、ここから新たに主 に従い始めるのです。