「共にあずかる主の晩餐」
2003年8月3日 主日礼拝
日本キリスト教団 大阪のぞみ教会牧師 清弘剛生
聖書 1コリント11・17‐26
今日は月の第一聖日でありますから、この後、聖餐が行われます。聖餐と は食事です。パンを食べ、葡萄酒(葡萄汁)を飲む食事です。毎週、聖餐を 行う教会もあります。年に数回だけ聖餐を行う教会もあります。しかし、聖 餐を行わない週でありましても、私たちは聖餐卓を囲んで礼拝をしているの だ、と以前申し上げました。私たちの礼拝堂は、あえて喩えるならば《教室 》の類ではなく《食堂》です。私たちは毎週集まって、食事の席についてい るのです。
もっとも、食事とは言いましても、ここに用意されているのは、非常に小 さなパンです。またカップも異常に小さなものを使用しています。それが銀 色の容器に収められています。通常の食事ではないことは一目瞭然です。し かし、教会の聖餐の源流にあります、主イエスと弟子たちの食したあの最後 の晩餐においては、このようなパンや葡萄酒が食されたわけではありません。 当然のことながら、それは普通の食事でありました。
ですから、キリストが最後の晩餐において、「わたしの記念としてこのよ うに行いなさい」(直訳「わたしの記念としてこれを行え」)と言われた時、 特別な所作を伴った儀式を行えと言われたのではなくて、パンを裂いて食べ る普通の食事をするように言われたのです。ですから教会が後に集まって行 った食事もまた、ごく普通の食事でありました。それはコリントの教会にお いても同様でした。
もちろん、普通の食事をするとしましても、教会で集まって食事をするこ とは、各々が家で食事をするのとは全く意味が違います。教会での食事は、 主が言われたように、主イエスを記念して行われるからです。その意味では、 やはり特別な食事です。教会はこれを、20節のパウロの言葉にありますよ うに、「主の晩餐」と表現していたのです。
しかし、いくら主の晩餐と言いましても、やはり見た目が通常の食事と変 わらないのですから、どうしても「主の晩餐」と「普通の食事」との区別が 曖昧になってしまいます。そのようなことが既にコリントの教会で起こって いたようです。一緒に集まって主の晩餐を食べているのですが、実際には、 「それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならない」(20 節)ということが起こっていたのです。
ならば、はっきりと主の晩餐であることが分かるようにしたら良いのでし ょうか。例えば今日、私たちの教会で行われているようにです。この聖餐を 通常の食事と間違える人はいないでしょう。しかし、そのように明らかに 「聖餐」であり「主の晩餐」であることが分かるように行えば、それで主の 晩餐を食べていることになるのでしょうか。そうではないと思うのです。形 だけは聖餐式として行ってはいるけれど、コリントの教会と同じように、 「一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにはならない」ということが、 やはり私たちにおいても起こり得るのです。そこで、私たちもまた、ふさわ しく主の晩餐を行うために、ここで聖書がいったい何を問題としているのか を、しっかりと捉えておく必要があるのです。
●自分自身の晩餐
そこで今日の聖書箇所に目を向けますと、まず分かりますのは、コリント の教会に分裂があったという事実です。「まず第一に、あなたがたが教会で 集まる際、お互いの間に仲間割れがあると聞いています。わたしもある程度 そういうことがあろうかと思います」(18節)。コリントの教会の中にあ る仲間割れについては、この手紙の中に繰り返し触れられています。しかし、 事態は単に仲間割れがあること以上に深刻でした。そこには主の晩餐を主の 晩餐でないものにしてしまうような問題があったのです。
21節には次のようなことが書かれています。「なぜなら、食事のとき各 自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔ってい る者もいるという始末だからです」。なるほど、これはひどい話です。これ では主の晩餐を食べていることにはなるまい、と私たちでも思います。しか し、ここで問題になっていることが何であるかは、正確に読みとらねばなり ません。
そもそも、なぜある者は先に満腹しており、既に酔っぱらってさえいて、 もう一方のある者は空腹でいる、ということが起こるのでしょう。それは教 会に集まることができる時間が異なるからです。どうして、集まることので きる時間が異なるのでしょう。それは、教会が異なる社会層の人々を含んで いたからです。例えば、ある者は奴隷であり、ある者は奴隷の主人でありま した。そこには社会的な格差があります。経済的な格差があります。その頃、 通常、集会は夜行われていました。富んでいる者は早く来ることができます。 貧しい者は長く労働しなくてはなりません。ところがやっと労働から解放さ れて集会にかけつけた時には、既に主の晩餐のほとんどは食べ尽くされてい たのです。
もともと、そのような食事は、教会員の自発的な献げ物によって成り立っ ておりました。食事の多くを提供するのは、やはり富める者たちだったので しょう。そのような彼らが、先に勝手に自分の分を食べてしまっていたので す。そして、そのようなことが起こっても、貧しい人たちは文句を言うこと ができません。それゆえに22節でパウロは、「あなたがたには、飲んだり 食べたりする家がないのですか。それとも、神の教会をみくびり、貧しい人 々に恥をかかせようというのですか」と言っているのです。
しかし、問題は、ただ単に貧しい人たちに対する配慮が欠けていたという ことではありません。そうではなくて、問題は、そのような配慮に欠けるよ うなことが、よりによって主の晩餐において、どうして起こり得たのか、と いうことであります。
そこで注目すべき言葉が21節にあります。「各自が勝手に自分の分を食 べてしまうからです」とパウロは言います。この「自分の分」という言葉は、 もともと「自分自身の晩餐」という言葉なのです。「主の晩餐」を食べるた めに集まっているのですが、それは彼らにとりまして、「自分自身の晩餐」 になっていた、ということなのです。
もちろん、彼らは主イエスのことを全く考えないで飲み食いしていたわけ ではないでしょう。それを食べて単に空腹を満たそうとしていたのではない はずです。それならば、わざわざ教会に集まって食事をする必要はないから です。彼らは、「主の晩餐」を食べているつもりでいたのです。そもそも、 より早い時間に彼らを集まらせたのは、彼らの熱心さのゆえであるに違いあ りません。ですから、より早い時間に集まった“熱心な”人々と、少しでも 早く主の晩餐を食するということは、彼らにとっては極めて信仰的な行為だ ったと思うのです。
しかし、それがどれほど外面的には熱心な敬虔な行為でありましても、そ れは「自分自身の晩餐」でしかないとパウロは言うのです。「自分自身の晩 餐」でしかないならば、当然、早く来れない貧しい人のことなど視界に入り ません。主が招いてくださっている他の人々のことなど視界に入らないので す。いや、むしろ視界に入らないほうが、「自分自身の晩餐」は楽しめるも のなのです。実際、彼らは社会的にも経済的にも似たような者たちと共に、 自分たちの敬虔な集会を多いに楽しんでいたに違いありません。しかし、そ れはもはや主の晩餐ではないのです。
●共に主の体と血にあずかる
さて、そのようなことは今日でも起こると思いませんか。いくらパンの形 を変えても、どんなに儀式的に行おうと、恭しく敬虔そうにパンを受けよう と、感動の涙を流そうと、それが主の晩餐ではなくて「自分自身の晩餐」に なってしまうことは起こり得ると思いませんか。それが信仰的な欲求にせよ、 世俗的な欲求にせよ、結局は自分が満たされることだけを求める礼拝、その ような聖餐。他人に煩わされないで、ともかく自分が満足したい礼拝、その ような聖餐。それはもはや主の晩餐ではありません。主の晩餐においては、 ただ自分が食べるだけでなく、《共に食べる》ということが本質的な意味を 持っているからです。
そこでパウロは、コリントの信徒たちも良く知っているあの最後の晩餐に おける主の言葉を、改めて彼らに示します。「これは、あなたがたのための わたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」(24節)。 「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、 わたしの記念としてこのように行いなさい」(25節)。そう主が言われた のは、主イエスが「引き渡される夜」でありました。引き渡されて、主は十 字架にかけられて殺されるのです。主の御言葉は、その十字架における死の 直前に語られたのでした。彼らのために、そして私たちのために、罪を贖う ために、十字架の上にその体が釘付けられ、血が流されることを前提として、 主は「これはわたしの体」「これはわたしの血」と語られたのです。ですか ら、「主の晩餐」とは、まさに主イエスの肉を食べ、血を飲むことに他なら ないのです。キリストが私たちの救いのために、自分の体を裂いて、血を流 して、私たちに与えてくださったのです。
主の晩餐が、本当にキリストという一人の御方の肉を食べ、血を飲むこと であるならば、主の晩餐にあずかるお互いは、とてつもなく太い絆で結び合 わされていることになります。それゆえに、その絆は、人間同士を引き裂く いかなる隔ての壁をも突き破って結びつけてしまうものであるはずなのです。 貧しいか富んでいるか。いかなる社会層に属するか。ユダヤ人か異邦人か。 男であるか女であるか。愛国主義者の熱心党であるか、非国民とされる徴税 人であるか。それらは主の晩餐において、本質的な意味を持たないはずです。 なぜなら、キリストが体を引き裂き、血を流し、その肉と血を食べさせて、 結び合わせてくださったからです。
ですから、実際、教会では、奴隷と主人が一緒に食事をするということが 起こったのです。ユダヤ人と異邦人が食事を共にするという、起こり得ない ようなことが起こったのです。キリストがお一人であるゆえに、その体と血 にあずかる者も《共に》あずかる。それが主の晩餐です。主の晩餐とは本来、 そのようなものであるはずなのです。
ですから、コリントの教会は、富める者と貧しい者とが互いに待ち合わせ ることによって、共に食事をすることによって、本来の主の晩餐を回復しな くてはなりませんでした。私たちの教会もまた、真に主の晩餐を食している かどうか、常に自らを吟味しなくてはなりません。