「イエス・キリストの御名によって立ち上がり、歩きなさい」
2011年2月27日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 使徒言行録 3章1節~10節
置かれていた人
 「ペトロとヨハネが、午後三時のお祈りの時に神殿に上って行った。すると、
生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞う
ため、毎日『美しい門』という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。
彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた」(3:1-2)。

 この「生まれながら足の不自由な人」は、後の方を読みますと、既に四十歳を
過ぎていたようです(4:22)。生まれながら足が不自由であったこの人は、
二重の意味において非常に厳しい状況に置かれていたと想像されます。第一に、
彼は通常の仕事に就けなかった。それゆえ、彼は物乞いをして生活せざるを得ま
せんでした。ここに書かれているとおりです。しかし、それだけではありません。
第二に、より大きな苦しみは、宗教的な差別であったと思われます。当時のユダ
ヤ教世界において因果応報の思想がどれほど根強かったかは、ヨハネによる福音
書9章を見てもよく分かります。ヨハネ福音書では生まれながらに目の不自由な
人が登場するのですが、ユダヤ人であった弟子たちはこんな言葉を口にします。
「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。
本人ですか。それとも、両親ですか」(ヨハネ9:2)。このような質問は、何
も珍しいものではありませんでした。当時のユダヤ人ならば、誰もが考えるよう
なことだったのです。ですから、この足の不自由な人も、今までどれだけそのよ
うな冷たい言葉を耳にしてきたか知れません。人々が彼を神から呪われた者と見
なしていたとするならば、恐らく彼自身もまたそのように思っていたことでしょ
う。
 そのような人が、神殿の「美しい門」の側に「置いてもらっていた」のです。
これは、直訳すると、「彼ら(人々)は置いた」という言葉です。まるで荷物か
何かのように、「運ばれて」、「置かれていた」と表現されているのです。「美
しい門」と言われているのは、神殿の外庭から婦人の庭と呼ばれる内庭に行くと
きに通る門でした。素晴らしい細工を施した青銅の門であったと言われます。神
の恵みの麗しさを表現したものなのでしょう。しかしその門の前に、荷物のよう
に「運ばれて」「置かれている」人がいた。神の恵みとは無関係なものと見なさ
れている人、自分自身をもそう見なしている人が、毎日荷物のように運ばれては
置かれ、日を送っていたのです。目に見えない神様とその恵みというものが無関
係ならば、目に映る世界しか残りません。そこには彼が期待できるものは何も残っ
ていなかったのです。そこには日々の施しを受けること以上のことは何も残って
いなかった。目に見える世界には未来に待ち望むべき何ものもなかったのです。

 そのように聖書が描き出しているこの場面は、今日の世界と決して無関係では
ありません。「運ばれて」「置かれて」いた人。同じ姿は今日のこの国にいくら
でも見られます。「運ばれて」「置かれて」いる者であるかのように、家庭生活
をしている人。「運ばれて」「置かれている」者であるかのように、職場で、学
校で、過ごしている人。この人と同じように、神の恵みは自分とは無関係だと思っ
ている人。それゆえに、もう待ち望むものが何も無くなってしまっている人。こ
の世界にも、自分の人生にも。いや、いわば社会全体が、この世界そのものが、
この物乞いの姿と同じになっているとさえ言えるのではないでしょうか。
イエス・キリストの名によって
 しかし、その「運ばれて」「置かれて」いた人が、一つの出会いを経験するの
です。そこに大きな転換が起こるのです。三節以下をご覧ください。「彼はペト
ロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。ペトロはヨハネと一
緒に彼をじっと見て、『わたしたちを見なさい』と言った。その男が、何かもら
えると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。『わたしには金や銀はな
いが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立
ち上がり、歩きなさい』」(3-6節)。
 彼がペトロとヨハネに求めていたのは「施し」でした。それ以上は求めていま
せんでした。ペトロとヨハネが彼を見つめて「わたしたちを見なさい」と言った
時にも、その男は、「きっと何かもらえるだろう」と考えていたに違いない。で
すから、普通に考えるならば、そこでペトロとヨハネがなすべきことは、彼の求
めに応えてあげることです。すなわち、施しをすることであったはずです。
 しかし、ペトロとヨハネはこの男の求めに直接応えはしませんでした。ペトロ
はこう言ったのです。「わたしには金や銀はない」。なんと期待はずれな答えで
しょう。ところが、ペトロの言葉はそれで終わりませんでした。「わたしには金
や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名に
よって立ち上がり、歩きなさい。」そして、右手を取って彼を立ち上がらせた、
というのです。
 ペトロがしたことは、この男の当座の必要を満たすことではありませんでした。
ペトロが与えたのは施しではなく、イエス・キリストの御名でした。イエス・キ
リストの御名を与えた時、この人は立ち上がって、歩き出したのです。それは何
を意味するのか。ここに書かれていることは、単に彼の肉体が癒されたというこ
とではありません。聖書が伝えているのは、肉体の癒し以上のことなのです。
 そこで何が起こったのか。7節以下をお読みします。「そして、右手を取って
彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、
躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、
二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美している
のを見た。彼らは、それが神殿の『美しい門』のそばに座って施しをこうていた
者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた」(7-10節)。

 もし、彼が単に足を癒されたことを喜んでいただけであるなら、それは「施し
を受ける」というのと同じ次元のことに過ぎません。奇跡の記憶などは時が経つ
につれて薄れていくものです。彼の人生は違った形で、「運ばれ」「置かれてい
る」だけのものに戻っていったことでしょう。しかし、彼はそうではなかった。
ここで明らかに強調されているのは、彼が「神を賛美している」姿です。彼は歩
けるようになって、まずどこに向かったのか。彼は神を賛美しながら、二人と一
緒に神殿の境内に入って行ったと書かれているのです。神の恵みは自分とは無縁
だと思っていた人が、神を賛美しながら二人と共に神殿へと向かったのです。つ
まりここで起こっているのは人生の根本的な転換なのです。
 足が癒された。それは必ずしも生活が楽になったことを意味しません。彼は自
分の足で職を探さなくてはなりません。既に四十を過ぎている人。平均寿命を考
えるなら、今日の四十歳とは意味合いが違います。しかも、今までずっと物乞い
をしてきた人です。これから多くの困難に直面することは目に見えている。しか
し、ともかく彼はもはや「運ばれて」「置かれて」いる人ではないのです。彼は
歩き出したのです。ある意味で未来に向かって歩き出したのです。そして、未来
に向かって歩き出すことは恐ろしいことではなかったのです。なぜなら、神を賛
美しているからです。まず向かったのは神殿だからです。しかも、そこには共に
神を賛美する仲間がいるのです。もはや目に見える世界が全てではない。彼は主
を信じる人々と共に、目に見えない御方を讃美して、永遠なる御方を讃美して、
共に礼拝して生きる人となった。彼は神と共に、そして神を信じる人々と共に生
きる人になったのです。
 さて、この場面はこの世界に教会が置かれている意味を明瞭に示しているとも
言えるでしょう。教会がこの世界において本当にしなくてはならないことは何な
のか。ペトロは「金や銀はない」と言いました。本当になかったのだと思います。
今日、教会はどうでしょう。日本に生きる信仰者はどうでしょう。「金や銀はあ
る」と言うでしょうか。確かに自分の持っているもので人々のニーズに直接的に
応えることも、ある意味ではできる。もちろんそれ自体は悪いことではありませ
ん。
 しかし、往々にして、「金や銀はある」と言う者は、金や銀の為し得ることが
全てだと思ってしまうのです。人々のニーズに応えることは大切です。為し得る
ならば、それをしたら良いと思う。しかし、金や銀の為し得ることだけで、神の
使命を果たしたと思うなら、それはやはり違うでしょう。教会が為すべきこと、
為し得ることは、ここに描かれているように、「イエス・キリストの御名」を与
えることなのです。
 イエス・キリストの名が与えられる時、そこに金や銀の為し得ないこと、ただ
キリストのみが為し得ることが起こるのです。すなわち、そこに神の救いが到来
するのです。呪われた人生であるかのように生きていた人が、神の恵みから遠く
離れて生きていた人が、ただ「運ばれて」「置かれて」生きていた人が、それゆ
えに永遠への希望もなく喜びもなかった人が、神を誉め讃え、神に期待し、神と
共に、また信じる人々と共に、前に向かって歩み出す人となるのです。そうです、
信じる人々と共に、神の恵みの内を永遠の救いに向かって歩んで行く人となる。
そのようなイエス・キリストの御名を与えるためにこの世界に遣わされているの
が教会なのです。